2011/12/21

元禄忠臣蔵@国立劇場

『元禄忠臣蔵』といえば私は溝口健二の映画(1941年)がまず頭に浮かびます。興行的にはかんばしくなかったとかで失敗作なんていうひともいるようだけど、そうかなぁ。私はとても好きな映画です。特に前編は涙なくしては見られない。前進座総出演というのも貴重。当時の前進座の錚々たるメンバーをみていると目眩がしそうです。はぁぁ。

今回はお芝居で。全部で10編あるうちの今回は『江戸城の刃傷』『御浜御殿綱豊卿』『大石最後の一日』の3編。真山青果は他に『頼朝の死』しか見たことがないけれど、どれもこれもセリフだらけ。お互いをどんどん追いつめていくような、セリフで何かを積み重ねていくような、逆にセリフでお互いの間にあるものをどんどん削っていくような。役者にも客席にも緊張感を強います。とっても疲れるのだけれど、今回は見ていて初めてそれが心地よく感じました。セリフがすんなり体の中に入ってくるのだなぁ。全編が心理戦で面白い。
かっちりと作られたお芝居なので、ある程度の役者でないとセリフに役者が負けてしまうのだろうとも思いました。

梅玉、魁春、又五郎、東蔵、そして大好きな歌六が達者なところを見せて適役。綱豊卿と大石内蔵助役の吉右衛門が上からどっしりと押さえます。『綱豊卿』で歌江が元気な姿を見せてくれたのがうれしい。鷹之資が細川内紀役で出てきたときは、客席から「天王寺屋!」という掛け声と拍手がおきました。富十郎が亡くなって1年なんだもんねぇ。吉右衛門が後ろ盾になるようですが、がんばってほしいです。
吉右衛門の内蔵助は大げさなところがあまりなくてよかったです。ラストシーンの、白装束で花道に立つ内蔵助には、やっと最後に自分の手のひらに玉のような何かが残ったという安堵感がありました。それが「初一念」と言う言葉になるのかもしれません。

3年前に国立劇場で見た『大老』もよかったしなぁ。吉右衛門の一座には、新歌舞伎も似合うなぁとしみじみ。

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2011/12/07

午後からお休み!

気が付けば師走であります。
年度末だ何だかんだとやることいっぱい。今日は近くに住む義妹から夫の携帯に「昨日も今日も帰ってないみたいだけど…」と心配の電話がかかってきたそーだ(笑)。帰ってないんじゃなくて帰りが遅いんです。
でも今夜の私はお仕事で遅くなったのではありません。午後から半休とって遊んできました。

お昼ごはんは虎ノ門のクラフトビアマーケットでランチのビールカレー。ビターで大人の味でおいしい。サフランライスにグリルした野菜が美味。お肉トロトロ。午後から仕事しなくていいのでビール飲んじゃいました。ちょっと迷ってベアードビールのライジングサンにしました。さすがに他にビールを飲んでいる人は…と思ったら二人組の外国人ビジネスマンが飲んでいた。さすが。
書店に寄ってウロウロ。テクテク歩いて出光美術館へ。『長谷川等伯と狩野派』を見ました。
狩野派とかいわれてもよくわからないのですが(知識としては知ってる程度)16世紀後半、画壇の一大勢力として君臨していた狩野派と、長谷川等伯を中心とする新進の長谷川派との、お互い影響を受けながら、お互いの存在を意識しながらの立ち位置といったものを面白く見ました。そして等伯が牧谿筆の中国画にも影響を受けたというところも「なるほどー」と納得。『竹虎図屏風』の虎ちゃんがかわいらしかった。

半蔵門に移動して夕方から国立劇場で文楽。

 『奥州安達原(おうしゅうあだちがはら)』
    外が浜の段、善知鳥文治住家の段、環の宮明御殿の段

後半三段目は歌舞伎で見たことがあるけれど、今回はその前の話しもやるので「なるほどー」と人間関係のつながりがわかりました。袖萩と年老いた両親とのやりとりのところは泣いちゃったよ。泣かせるようにもってくるのよ。客席は鼻をすする人多数。寛太郎さんの三味線がきれいな音色でよかった。富助さんは情感たっぷり、燕三はダイナミックで力強く、同じ三味線でも全然違うねー。

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2011/10/11

坂東玉三郎特別舞踊公演@日生劇場

7日。この日は夕方の6時半開演。この時間だと仕事帰りに行けるのでありがたい。できればもう30分遅いと助かるんだけどね。
日生劇場は好きな劇場です。客席から舞台が見やすいし、劇場の雰囲気もすてき。海の底をイメージしたというホール内は、ガウディみたいな曲線を多用し、ガラスタイルが貼り付けられた壁面がキラキラ輝いて、水が光に反射しているようです。その劇場の雰囲気と一番ぴったりしたのが、最後の演目『楊貴妃』でした。
演目は以下の三つ。

  傾城 吉原絵巻
  藤娘
  楊貴妃

それぞれの間に20分から30分の休憩時間があります。どの演目も30分ほどですから、ゆったっり。仕事帰りにはぴったりー。少しお高い気分転換ですが、衣装のすばらしさと玉三郎の美しさにひたれるならお安いものだと思いますことよ。単価で見ちゃぁイケマセン。

とにかく玉三郎の美しさったらありませんっ。最初から最後まで客席はため息の嵐で、まさに「うっとり」というのはこういう事をいうのだなぁとちょっと面白かったです。
徹底的に鍛えられた身のこなしはもちろん(ホント、舞踊は体育会系だと思う)手の表情がすばらしい。そこに美が集約されています。
それぞれ趣が違いましたが、意外や私はさほど期待していなかった『楊貴妃』に深く感銘いたしました。そもそも設定が、あの世の者になった楊貴妃に玄宗皇帝からの手紙を携えた方士が会いに行くという、この世ではないはなし。そのストーリーに、薄いカーテンのような幕が下ろされただけの舞台、そして劇場の雰囲気がよくあって、全体になんとも言えない妖気のようなものが漂います。京劇にも精通している玉三郎の流れるような動きは幻想的で、目の前に繰り広げられる世界が現実とは思えなくなりました。いやぁ、よかったなぁ。

『傾城』では日本舞踊らしい春夏秋冬を見せてくれます。特に冬、黒地に金糸の打掛、しんしんと雪が降るところがとてもよかったです。
『藤娘』は、よく見る真ん中にデーンと松の大木という舞台ではなく、上手遠くに松の大木、手前に藤棚という舞台になっていました。そこで踊る玉三郎は、西洋の妖精、ティンカーベルみたいです。かわいいなぁ。

坂東玉三郎という人は、たぐいまれなる役者さんだと思います。同時代に生きて生の舞台を見られることに感謝だわ。
来年1月もテアトル銀座で公演があるそーな。何をやるのかな。楽しみです。

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2011/09/07

9月文楽公演@国立劇場小劇場

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6日。有給をとって出かけました。第一部が売り切れ続出で、席がとれる日が平日しかなかったのだ。
昼夜通しで見ました。見応えのある演目が並びました。

(第一部)
  天下泰平 国土安穏 『寿式三番叟』(ことぶきしきさんばそう)
  『伽羅先代萩』(めいぼくせんだいはぎ)御殿の段
  『近頃河原の達引』(ちかごろかわらのたてひき)堀川猿廻しの段

(第二部)
  『ひらかな盛衰記』(ひらがなせいすいき)大津宿屋の段/笹引の段/松右衛門内より逆櫓の段
  『紅葉狩』(もみじがり)

住大夫さん、簑助さん、勘十郎さんが出演の『寿式三番叟』が注目。天下泰平、国土安穏とあるように、格調高く、心のこもった一幕でした。こういうのを見ると日本人としての自分の心が揺さぶられるよーな気がします。八百万の神様に追い乗りたくなるような気持ち。
  
『伽羅先代萩』「飯炊き」の場は嶋大夫さん。好きなのよ(^^)。名セリフのオンパレードという感じ。女しか出てこない、女の闘いです。八汐は簑助さん。悪役なのに優雅だわ。いつか通しで見たいなぁ。
『近頃河原の達引』の切は源大夫さんに三味線は藤蔵さん。パンチがあって、ガンガンと塊で押してくるような藤蔵さんの三味線が気持ちいい。このお芝居は猿廻しで終わるのだけれど、そこに出てくる雌雄2匹のお猿がかわいい。一人で遣っているのですが、よくあんな風に片手ずつで2匹別々に扱えるもんだと感心しました。

満席の一部と比べて二部は空席がちらほら。それがもったいないような熱演が続きます。
とにかく圧巻なのが『ひらかな盛衰記』の逆櫓の段。今回はその前、巡礼帰りの家族と木曽へ落ちのびる義仲ゆかりの一行が、旅籠でそれぞれの子供を取り違えてしまうところから始まるので、話しの成り行きがよくわかりました。逆櫓の段だけで1時間40分ほど。その後半ほとんどを、燕三さんの三味線で咲大夫さんが語ります。それがすごかった。
一言一言かみ砕くような咲大夫さんの語りは物語を大きくします。それを燕三さんの三味線がが舞台と混じり合わせ、お人形が情感たっぷりに演じます。いい語りは言葉がスーッと体の中に入ってきますね。また燕三さんのメロディアスで時に激しい太棹の音色にうっとりです。はー。燕三さんの三味線はロックです。

最後の『紅葉狩』はきれいなお姫様が鬼に変身するわ、お人形の口から煙がでるわ、スペクタルな一幕。大勢の大夫さんに三味線もいっぱい。琴も入って華やかです。昭和になってから歌舞伎を文楽にした新作だとか。

終わってみれば二部の迫力に圧倒されました。ほんと、よかった。もう一度見に行きたいなぁ。

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2011/07/23

社会人のための歌舞伎鑑賞教室@国立劇場

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20日。「義経千本桜」から「渡海屋の場」「大物裏の場」。2時間に及ぶ公演なので開演はいつもより30分早く18:30から。同僚を誘って出かけました。

知盛は松緑が初役でつとめるとのこと。長丁場だし、2時間支えきれるのか正直言って少し心配だったのですが、終わってみれば松緑はじめ脇を固める若手が大健闘、魁春、團蔵のベテランも押さえのきいた演技で見ごたえのあるとてもいい舞台でした。感心しちゃったよ。

最初は30分の「歌舞伎のみかた」。松也が進行役です。派手な演出はありませんが、義太夫節、長唄、大太鼓を使って音楽劇としての歌舞伎を紹介します。コンパクトにまとまっていてよかった。そっかー。歌舞伎は音楽劇なのね。オペラみたいなもんですか。最後にこれから見るお芝居のあらすじを少し。

さてお芝居。松緑は凄むこともなく抑えた演技でそれがとてもよかった。今は亡き祖父、父親が得意にした役で思い入れもあるのだろうし、だからひとつひとつ気を抜くことなく丁寧に演じていたと思います。特に「大物裏の場」になってからがよくて、敗者の無念、仇である義経への怒り憎しみ、それを抑えきれない人間味のある、身近に感じられる知盛でした。

典侍の局は魁春。同じ典侍の局を玉三郎で見たことがあります。玉三郎の典侍の局はまわりを圧倒する迫力に満ちていました。魁春の典侍の局は、自然で嫌みなところがなく品もあります。出すぎず松緑をよく支えていました。
松也の義経は気品があり、亀三郎、亀寿ははつらつ(口跡がいいね)。客席は2時間の間、水を打ったような静けさでした。歌舞伎二回目の同僚が一緒で、眠くならないかなーと心配だったのですが、「面白かったねー」と素直に喜んでもらえてホッとしました。

「大物裏の場」では、血まみれの知盛が、碇を重しにして海に飛び込みます。そして知盛、典侍の局に安徳帝を託された義経一行は九州へと落ちのびていきますが、その未来も明るいものではありません。弁慶が最後に服法螺貝は全ての敗者に対する鎮魂の音なんだといつも思います。

このお芝居に限らず、歌舞伎でよくかかる演目は本当によく出来ています。衣装もすてきで、入江丹蔵だったかの頭に輝く髑髏とかね。

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2011/05/19

5月文楽公演の簡単な感想

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国立劇場小劇場にて。夫が会社の人から第2部のチケットを2枚もらってきたので、8日に夫婦で見に行きました。夫は初文楽に初生義太夫。「歳を取った人の方が聴きやすいし何を言っているのかよくわかる」という感想には「そうなのよー」と大いに相づちをうちました。それが芸というもんなんだろうなぁ。TVなぞで昔の名人と言われる人の義太夫を聴くと、音質が悪くても、よーくわかるもの。
13日はもともとチケットを取っていたので、昼夜通しで。一日義太夫漬けもいいもんだ。

 第一部
  源平布引滝(げんぺいぬのびきのたき)
    矢橋の段
    竹生島遊覧の段   

  竹本綱大夫改め九代目竹本源大夫
  鶴澤清二郎改め二代目鶴澤藤蔵   襲名披露口上

    糸つむぎの段
    瀬尾十郎詮議の段
  襲名披露狂言
    実盛物語の段

  傾城恋飛脚(けいせいこいびきゃく)
    新口村の段

 第二部
  二人禿(ににんかむろ)

  絵本太功記(えほんたいこうき)
    夕顔棚の段
    尼ケ崎の段

  生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)
    明石浦船別れの段
    宿屋の段
    大井川の段

日頃の疲れが出たのか、13日に見た第一部はときどき猛烈な睡魔に襲われてしまいました。すいません。でもベンベンの三味線と義太夫を聴きながらウトウトするのは気持ちいいもんだ。
「生写朝顔話」の蓑助さんはさすが。どうしてお人形をあんなに可愛らしく、色っぽく遣えるんだろう。

感動したのは、13日に聴いた「絵本太功記 尼崎の段」の咲大夫さん。自分の信念と家族への情愛との間で苦悩する武智光秀(明智光秀がモデル)の気持ちが痛いほどよくわかって、それに他の登場人物(武智光秀の母、妻子、息子の許嫁)がみんなそれぞれ悲劇にみまわれるのも切なく、舞台にいろんな感情が渦巻いて、泣けて泣けて仕方がなかった。それに燕三さんの緩急ある三味線がステキ。勘十郎さんの遣う武智光秀が迫力満点。忘れられない舞台になりました。
燕三さんの三味線はいいです。フッと軽くひいていると思う間もなく咲大夫さんの語りのうねりにあわせてバチバチ重たく、やがて目にもとまらぬ早弾きへ。数十分も弾き続けるんだからすごいよねー。

次回の文楽公演は9月。昼間は「伽羅先代萩 御殿の段」、夜は「ひらかな盛衰記」。「伽羅先代萩」は文楽でまだ見たことがないのだ。「でかしゃった」の義太夫が楽しみ楽しみ。

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2011/05/17

文楽人形も募金活動


↑少しボケてますが、8日の国立劇場小劇場にて。

国立劇場で開催中の文楽公演では、ロビーにて、技芸員のみなさんが出て、震災の募金活動中です。
なんといっても目をひくのはお人形も出てきて募金に協力していること。それだけでお財布をカバンから出してしまう人多数。握手はもちろん、写真撮影もしてくれます。遠慮がちに立つ人には、お人形がそっと寄り添う姿も。
私も募金をして、勘十郎さんが遣うお人形と握手してきました。文楽人形にさわるのは初めてでありますわよ。小さくて軽くて、そしてお人形なのに暖かで柔らかなの(そういう気がする)。ちょっと感激。

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2011/02/25

いじわるはステキだ。

今週は仕事した。えへん。風邪ひいた。熱はないし寝込むほどではないけれど、薬のせいか、仕事中、眠くて眠くて。少し早めに退社。

3月のお芝居は、国立劇場をとったけれど、久しぶりに演舞場でこってり楽しむのもいいかなーと、ポスター見ながら思いました。→ここ。特に『伽羅先代萩』。梅玉の八汐が見たい。いじわるが見たい。『伽羅先代萩』って、悪役のわかりやすさが面白いよねー。
わたくし、八代目幸四郎(白鸚)と一緒に東宝にいって、映画に出ていた市川中車が好きで、油断ならない腹黒さがにじみ出てくるような、いじわるな役が本当にステキで、梅玉はそんないじわるな役ができる役者さんだとずーっと思っているんですけど。映画やお芝居はいじわるな人が本当にいじわるじゃないとつまらないよね。

市川中車で一番印象的なのは東宝映画の『待ち伏せ』(1970年)の、物語を影で操る謎の武士。「こいつ、何物?ぜったい悪いやつ」と思わせる、どよよーんとしたところがありました。
ちなみにこの映画、三船敏郎、勝新太郎、石原裕次郎に中村錦之助と、各映画会社(東宝・大映・日活・東映)のスターが勢揃いして、浅丘ルリ子も出て、監督が稲垣浩という、豪華なんだか何なんだかよくわからない映画でした。面白かったけど。

川本三郎『それぞれの東京』を読みました。上野・浅草界隈、郊外(荻窪周辺)、銀座と、一言で東京といっても、風景やその背景が違う街を舞台に、その土地にゆかりのある作家や芸術家を取り上げたもの。これ読んだら、永井龍男や芝木好子、佐多稲子なんて人たちをまた読みたくなったぞ。本棚をさがせばどっかにあるはず。芝木好子はいいよねぇ。

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2011/02/12

二月花形歌舞伎『女殺油地獄』@ル テアトル銀座

Kabuki_201102_
10日。18:30開演なので、会社帰りに行けるのがうれしい。休憩時間を挟んで2時間半、小ぶりの劇場での、このコンパクト感が何ともいえずいい感じ。舞台は少し嵩上げされていて、なんと回り舞台が設置されていました。短い花道も。

『女殺油地獄』はよく演じられる二幕の前に『野崎参り屋形船の場』、お吉殺しの後に『北の新地の場』『豊嶋屋逮夜の場』がついて、これで全段らしいです。お吉殺しのあとに、与兵衛が捕まるところまでを出すのは興が削がれるという感想もあるようですが、私は、この殺人事件に対するまわりの人たちの怒りと悲しみ、それに頓着できない与兵衛のどうしようもなさ加減がよく出て、お芝居が立体的になったし、またより現代に通じるものになったと思います。
だって、ありそうじゃないですか。家は堅い商売をしていて、父親は継父だけれど両親そろっていい人だし、兄弟みんなよくできて、不自由なく育ったのに、次男坊だけが働きもせず、女遊びにうつつを抜かし、まわりの意見は馬耳東風。挙げ句の果てには高利の街金に手を出して、借金に追われるわ、家は追い出されるわ、困って幼なじみの気のいい女の子が嫁いでいる商店に上がり込んで、金の無心をするも断られたから殺して金を盗んで逃げてしまう・・・って、明日のワイドショーのトップニュースになってもおかしくない。

与兵衛は今もいるよね。ワイドショーでコメンテイターが眉間にしわを寄せて何か言っても、普通の常識では理解できない事件の犯人。
お吉殺しの場で、油まみれになってのたうち回りながら殺されていくお吉が「(幼い子供を残して)死にたくない、死にたくない」と言うのに、与兵衛は「わしは自分がかわいい」と言う。それが全て。だから、凄惨な殺人場面から舞台は一転、パッと明るくなって、あんな事件をおこしたというのに、与兵衛はまるで他人事のように遊び暮らしていて、馴染みの芸者といちゃいちゃする。お吉の家の前を通って(!)、中で三十五日の法要が行われているのを知って、線香を上げさせてもらいたいと中に入る。悪事が露見して捕まって、お吉の夫の嘆き悲しみ、それでも弟をかばう兄の姿を見ても、与兵衛はニヤリと笑っていく。決して狂っているわけでもないし、殺人鬼というわけでもない。でも今の自分しか愛せない。きっと与兵衛は最後まで、自分の罪を理解できずに、全てを他人のせいにして(例えばお吉を殺したのは、自分の話しを信じないで、金を出してくれなかったからだ。お吉が悪い)処刑されるのだろうね。

染五郎の与兵衛は、育ちの良さとダメダメさ加減がよく出ていました。(この通し上演での与兵衛は)当たり役になるでしょうね。きっとこれから何度か演じる役だろうけれど、そのたびにどう変わっていくのかが楽しみ。隣りに座ったカップルが幕内に仁左衛門の与兵衛と比べていましたけど、比べる相手が違う。花形歌舞伎だもん。こういう「ダメダメ」で「悪」の雰囲気をたっぷりと持った役者さんです。
亀次郎のお吉は意外やあっさりとした印象。脇役が充実で、なんといっても与兵衛の母親、おさわ役の秀太郎が最高。こんな息子を生んだ悲しみと、それでも愛してやまない母親の気持ちが、舞台にいるだけでにじみ出ていて、『豊嶋屋油店の場』での父親役彦三郎とのやりとり、二人でとぼとぼ帰っていく場面なんて涙です。
また与兵衛の兄役の亀鶴もよかった。私、この役者さん、大好きなんです。出番は少しだけれど「真面目なだけの面白くないやつ」ときっと与兵衛に陰口をたたかれているんだろうなと思わせる雰囲気が、バタバタと登場する場面一つにもよく表れていて、そんな兄が石を投げられる弟をかばうところなんて、思わずグッときちゃいました。
特設の回り舞台を効果的に使った場面転換も見どころ。わかりやすいお芝居だし、おすすめです。
それにしても、江戸時代にこういうお芝居を書いてしまうのがすごいね。悪人は時代に関係ないってことだわねー。


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2011/01/04

訃報:中村富十郎丈

今朝早く、ツイッターで富十郎丈の訃報を知りびっくり。11月から休演でしたが、9月の秀山祭では『うかれ坊主』で元気な姿を見せてくれていたし、まだ小さい二人のお子さんの事もあるし、まだまだ舞台で会えると思っていたのになぁ。
富十郎丈の舞台は、それほど多く見ているわけではありませんが、一昨年の国立劇場『頼朝の死』での北条政子役が印象深いです。去年の4月歌舞伎座さよなら公演『熊谷陣屋』の弥陀六もよかった。ひょうひょうとした雰囲気がかえって悲しみを誘いました。
トーンと突き刺すような口跡のよさ、押しつけがましくない貫禄と、舞台にかかせない役者さんであったと思います。

富十郎丈は昔、まだ歌舞伎役者時代の市川雷蔵らと武智歌舞伎に参加したとききます。役に恵まれない時代もあったそうですが、晩年は跡取りもでき、これからますますいい舞台を見せてくれたろうに残念です。

合掌

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