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2011/03/13

地震のあったとき(後)

携帯電話は当然のことながら繋がらず。とにかく夫にメールをしました。そのメールも何度かチャレンジしてやっと送信できました。メールはずーっと繋がらないわけではなくて、時々ふっと繋がります。メールの受信は問い合わせをしないと受け取れません。それもなかなか繋がらない。やっと受信できた夫からのメールには仕事で東京駅近くにいるとありました。
当然のことながら本日の公演は中止。払い戻し等の案内がありました。ほとんどのお客さんはその手続きをしてどこかへ行ってしまいましたが、私は一人だし、自宅まで歩いて帰るのは遠くてイヤだし(靴も革靴だし)、ここは地盤が強そうだし、何と言っても皇居と最高裁判所が近いので何となく安心。
同じく劇場前にとどまっている人がいたので、余震が落ち着いた頃に国立劇場のロビーが開放されました。暖かいし、何と言ってもTVが見られるのがうれしい。そしてトイレが使えるし座るところもある。

観客だけではなくて、近くの会社の人や徒歩帰宅中の人がトイレを借りにきたりTVを見に来たりと出入りが激しく6時頃には結構混雑していました。そのうち劇場から千代田区の避難所の案内、水と非常食(乾パンですが)保温シートの配給がありました。避難所に行ってもしいし、このまま劇場内にいてもいいと言われたので、私は動かない方がいいとそのままとどまる事にしました。
夫との連絡はお互いの通信環境が悪いので思うようにいかずイライラします。混雑しているだろう東京駅にいるよりは国立劇場の方がいいと思っていたら夫がやってきました。一安心。

外を見ると道路は大渋滞で徒歩で会社や自宅に向かう人の列が続いています。夫とは今晩はこのまま過ごす事にして、幕内に食べようと買った海苔巻きを夕食に食べました。
いただいた保温シートを床(じゅうたん)の上に敷きもう1枚をかけぶとん代わりにして横になりました。ガサガサ音がしてうるさいけれど薄いのに保温力はかなりのもの。軽くてフワフワするので端っこを結んでおきます。シートをうまく結んで寝袋状にしている人もいました。なにしろ観劇のつもりだったので、お着物の人も多く、休むのに苦労されていました。私もクリーニングに出したての服だったのになぁ。夫のスーツも即クリーニングいきです。

国立劇場の職員の方々は、私たち避難民への様々な案内、年輩の人が多いので話し相手にもなり、夜通し起きて人の出入りのチェック、警備員さんは車の誘導と、寒い中、頭が下がります。夜には理事長さんがまわって挨拶もされました。
2時間ほど寝たでしょうか。ときどき連絡をうけた家族が車で迎えにきます。電車の運行状況を見て帰る人もいました。夜明けと共に帰る人も結構いて、気が付くと残っているのは20人ほど。話しをきいてみると、私たち夫婦と同じく最後まで電車が動かなかったエリアにいる人だらけ。すぐ横にいたご夫婦は、なんとご近所さんでした。

いつまでもいるわけにはいかないので、8時過ぎには劇場を後にしました(その後がまた大変だったのですが、それは別のはなし)。思わぬ出来事で帰宅難民となってしまいましたが、国立劇場の配慮のおかげでほとんどストレスを感じることなく過ごせました。この場を借りてお礼申し上げます。夜明かしした人たちも皆さん冷静でした。地震にあった場所も運がよかったと思います。あれが地下鉄の中とか、新宿とかでだったら、もっと大変な事になっていたでしょう。
必要以上に神経質になる必要はないと思うけれど、普段の用意、ほんの少しの防災意識が大切だとつくづく感じた出来事でした。

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