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2010/11/09

『バブルの肖像』@都築響一

20101108__
図書館で借りてきた。2004年から1年間、週刊朝日に連載されたものの単行本。そういえば連載中に読んだ記憶もあり。

バブルと呼ばれる時代は1980年代後半の数年間らしいんだけど、しばらくの間はバブルがはじけたのに気が付かなかったので1990年代の初っぱなくらまでの事だと思う。今の30代半ばくらいの人だと、もう記憶にないのかなぁ。「バブルってみんながお金持ちだったんですか?」と20代同僚に明るく尋ねられた事があったけれど、実際に手元にお金があったのかどうかは別にして(当時、大阪の某アパレルで事務員していた私の給料は額面で15,6万だった)、やけに景気がよかったような、そんな気分があったような気がする。あと、あの頃は「人のお金で飲めた」のですよ。

証券会社に入社した後輩の友達の初めての夏のボーナスがいきなり100万越えたとか、バブル入社の従兄弟は10月1日の解禁日に内定していた会社に蓼科だかのリゾート施設で監禁されていたし、当時一緒に住んでいた祖母にはしょっちゅう証券会社の営業マンがきていたし、そういえば会社の忘年会が梅田のマハラジャ貸切だった(笑)。
社長が中崎町のこじゃれたビルに社長室を作って美人の秘書をやとったのもあの頃だ。出たばかりのバカでかい携帯電話も契約してさ。CI(コーポレート・アイデンティティ)とかゆーのがはやって、なんちゃらコンサルタントとかにだまされて、ものすごいお金をかけてカタログを作ったりした。←請求書をみてびっくり。
データ入力専門の派遣社員の時給が2500円で、月給でみると私より多かった。

大阪で地味に生活していた身には、バブルといっても特別な事はなかったような気がするけど、それでもみんな大なり小なりいい思いはしたと思う。「株で儲かったからおいしいものを食べに行こう」と誘ってもらったりとかさ。
あの頃は銀行預金の金利が7%とかだったんですよ。がんばってボーナスをMMCにしたもんだ。

・・・てなことを、この本を読んで思い出しました。
バブルの最前線ではスゴイ事になっていたんですなー。著者の都築響一さんは、ご自身もバブルの中にいたとあって、あの時代に向ける視線は多少自嘲気味でやさしい。
私は懐かしく、また面白く読みました。たぶん、今の20代くらいの人が読むと「ばっかじゃないのー」って思うんでしょうけどね。

それはそうと、斎藤澪奈子(「超一流主義」の人)って亡くなっていたんですね。知らんかった。

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