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2010/09/12

秀山祭九月大歌舞伎(夜の部)@新橋演舞場

11日。夜の部の演目は以下の通り。

 夜の部
  猩々(しょうじょう)
  平家女護島 俊寛
  鐘ヶ岬(かねがみさき)
  うかれ坊主
  双蝶々曲輪日記 引窓

私の中の三大泣いちゃうお芝居は『寺子屋』『野崎村』『俊寛』で、吉右衛門の『俊寛』なら絶対泣いちゃう、でも負けない!とがんばってみましたが、やっぱりうるうる。
絶海の孤島女護島に島流しになった俊寛僧都、平判官康頼、丹波少将成経の3人に、待ちに待ったご赦免の舟がやってきますが、丹波少将成経と祝言をあげたばかりの島の女・千鳥は舟に乗ることができません。愛する妻が殺された事を知った俊寛は自分のかわりに千鳥を舟に乗せ、一人女護島に残るのでした・・・という簡単なお話しですが、奥が深くて深くて。
なぜ俊寛は自分一人島に残ったのか。妻子が殺された絶望感からか、自己犠牲の精神からか。
役人根性丸出しの瀬尾と対するうちに、自分自分の気持ちがプツンと切れて半分やけっぱちになる中で、丹波少将成経と千鳥、若い二人の将来に何かを託す気持ちになったんじゃなかろうか。それは成り行きだったような気がする。じゃないと、最後、あんなに舟に手を振り続けるわけがないのだ。あれは未練です。未練たらたら。そもそも俊寛は、なんで自分が遠島の罪になったのか忘れてます。そういうの全部ひっくるめてジタバタする、私はそんな俊寛の人間らしいところ、苦しむ姿に泣けちゃう。
このお芝居を見ているといつも「因果応報」という言葉が思いうかぶのよねぇ。そしてとても現代的なお話しだとも感じます。
吉右衛門の俊寛は登場のところから心身共にボロボロで、最後までボロボロで本当によかった。
仁左衛門の丹左衛門尉基康は格調高くてすばらしかった。この仁左衛門に応えられる俊寛は吉右衛門しかいないと思います。
このお芝居をみて、播磨屋の芸というのは押しつけがましくないところだと思いました。セリフのもっていきかたとか息のため方とか、そういうので心の機微を見せる。だから人によってはたよりなく退屈に感じるかもしれません。でもその内にある燃えるような気持ちが見えれば、これほど見応えのある芸はないですよ。

『引窓』は与兵衛に染五郎、濡髪長五郎に松緑、お早に孝太郎、他に松江、種太郎という若手中心の花形歌舞伎。お幸役の東蔵が唯一のベテランです。軽そうであまり期待していなかったのですが、これがなかなか。一生懸命の緊張感があふれていました。そこを東蔵がうまくひっぱっていく感じ。孝太郎のお早がとにかくかわいらしい。松緑の濡髪長五郎は最初は少し頼りないけれど、後半は存在感が増して大きく見えました。最後花道を駆けていくところはウルウルとしちゃったよ。そして染五郎。せりふまわしや、ちょっとした仕草、特に手の仕草に、吉右衛門にしっかり稽古をつけてもらったんだろうなというのが感じられました。濡髪長五郎を見つけるところ、事情を全て悟っていくところがとてもよく、見惚れちゃったよ。10年後、20年後にこの配役でまた見たいなぁ。
秀山祭の最後にふさわしいお芝居でした。

芝翫の『鐘ヶ岬』、富十郎の『うかれ坊主』は眼福。

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