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2009/09/27

柳亭市馬の会@いわと寄席

25日。毎年恒例の秋のいわと寄席。いまだに忘れられない市馬師匠の『付き馬』と『道灌』を聴いたのは去年のこの会だったなーと思い出しながら会場へ。この日は他に落語会が多かったせいか珍しく空席あり。客席にほどよい風が通る感じ。

  市也  『金明竹』
  市馬  『雑俳』
  市馬  『鮑のし』
  (仲入り)
  市楽  『狸の札』
  市馬  『妾馬』

仲入り後に総領弟子の市楽さんが出て、市馬師匠の会もこうして一門会のようにもなっていくのだなーとしみじみ。市楽さんは聴くたびに変わっていくよう。空回りすることが少なくなりました。

市馬師匠は客席を見回して、この空き加減がちょうどいいと。市馬師匠にしては珍しく(?)、最近の落語の状況について軽くお話し。人情噺など起伏のある大きな噺が好まれる傾向にあって、もちろんお客さまに喜んでもらうのが一番であるけれど、その中で、落語らしい噺、どうってことない時間が淡々と流れるだけの噺があまり高座にかからなくなってさみしいというようなお話しでした。
他にもちょっと話されたけど、要は高座にも客席にも、もっと余裕がほしいという事だと思います。我が意を得たり。

・・・というわけで、この日の市馬師匠の高座は、師匠の「うまさ」をじっくり味わうというか、再認識するというか、とにかく感心しまくりなのでありました。大ネタだけが落語ではないという師匠の意地のようなものを感じました。だからといって客席に負担はかけないのですけどね。そこがまたスゴイところなのですが。
『雑俳』なんて、ご隠居と退屈しのぎに遊びにきたアンちゃんとが、ただお座敷で話しているだけの落語なんですよ。なのに、のんびりした昼下がりの様子が目にうかんで、私のその中にいるような気がして、くだらない俳句を作っているのを聴いてゲラゲラ笑っちゃうんだから。たとえばこんな感じ。

アンちゃん「『初雪や蛸の足跡藤の花』なんていうのはどうです?」
ご隠居「いいねぇ。きれいだね。情景が目に浮かぶね。でもあたしゃこれまで雪の朝に蛸が歩いているのを見たことがないよ」

確かに古典落語や昔からある小話の中には、どこが面白いのか、お客さんに通じなくなっている部分も多いと思います。でも笑いや人情のツボは昔も今もそう変わっていないのだから(聴き手のレベルが下がっているということはあるかもしれんが)怖がることはないんじゃないかなぁ。
話しは横道にそれるけれど、私は新作落語、古典落語って分け方もよくわからないです。古典がダメだとは全然思わないし。「面白い落語」と「面白くない落語」しかないんじゃないのかしらん。古典が古くさいというのは、やる方の力がないってことかと。新作落語も面白ければ残っていっていずれ古典落語と呼ばれるようになるのだし。

さて市馬師匠。客席にはまったりとした空気が漂っています。その空気を壊さないまま、最後は『妾馬』をたっぷり。八五郎っていいヤツ。時計を持っていないのではっきりとはわからないけれど、1時間近い長講だったと。その時間を感じさせず最後まで連れていってくれました。大ネタをそう思わせない市馬師匠。

古典落語をやってお客さんを笑わせる、満足させるのには実力が伴わないとダメだということを知った夜でした。

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