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2009/07/21

映画:『劔岳 点の記』

20日。自宅近くのシネコンで上映中だったので、午後から夫と出かけました。

この映画の木村大作監督は、黒沢明の撮影助手から始まって、『八甲田山』『海峡』などを撮ったカメラマン。スカパーで、撮影所のスタッフなどを呼んでいろんな話しをするという自分の番組を持っています。カツドウヤ(私は実際には知らないけれど)そのものというようなエネルギッシュな人で、外から見ている分には面白いけれど、現場にしてみれば鬱陶しい存在なのでありましょう、番組の中で「仕事ないからなー」と自嘲気味によく言っていました。
木村カメラマンにしてみれば、CGにたよりすぎる作り物の今の映画が気にくわなくて、いま、本物の映像がどういうものか撮って残して、若いスタッフや俳優に見せておかないと、この先映画はダメになってしまうという危機感のようなものがあったのではないでしょうか。頼りになりそーな映画監督はみんな鬼籍に入ってしまって、じゃ自分が・・・という気持ちで『劔岳 点の記』を撮ったのだと思います。
なので、山のシーンはオールロケ、実際にその現場に歩いて行って、その場所に俳優を立たせる、空撮なし、順撮り(映画は撮りやすいカットをまとめて撮ることが多いそうです。映画の進行通りに撮っているとは限らないのだ)という本物にこだわった撮影になったそーです。
この映画の撮影の最中からスカパーでは時々紹介をしていて、「この映画がヒットしなかったら木村大作は本当に死んじゃうかも」と夫婦二人して心配していたので、ロードショーはぜひ見に行こうと話していました。
何だかんだと忙しく、やっと今日、行くことになったのであります。

いやはや。いい映画です。スタッフや俳優、この映画にかかわった全ての人の気合いというか気持ちが込められた映画でありました。
この映画は、地図を作るために三角点を設置する測量技術者たちが、「ただ地図を作るためだけに」、未踏の劔岳への登頂を目指すおはなし。そこに同じく登頂を目指す山岳会会員たち、民間人に先をこされるなという軍部の意向がからんできます。出演者は最小限で(それがベストのしぶいキャスティング)派手な演出もないシンプルな映画です。無理な演出をする必要がないのです。全部本物でごまかしてないから、余計な事は必要ないのだ。だからこれはドキュメンタリーのように見えるし、俳優さんたちも地でやっているような、素の表情がふと見えたりもします。

圧倒的な迫力でせまる立山の自然、そこにありながら人を寄せ付けない劔岳の存在感。
前半、翌年から始まる測量の下調べに来た測量技師:柴崎(浅野忠信)と案内人:長次郎(香川照之)の二人だけの山行きのシーンが本当に美しいです。言葉は交わさなくても二人の間に漂う信頼感が立山の自然に溶け込んでいて、雲海に沈んでいく夕日のシーンなと息を呑むすばらしさでした。
いやまー、よく撮りました。信じられないような所(見ているこちらの足がすくむような所)を登り歩き、佇む役者さんたちもえらい。
単に劔岳に登頂するだけの映画ではないのですな。それは地図を作るための通過点にしか過ぎないという演出が私は好ましく思いました。BGMも全編クラシックでそれもよかった。映像とぴったり合っているなぁと感心していたら、音楽もフィルムを回しての音入れで、これも昔の撮影所みたいでいい。
最近は、だれでも簡単に映画を撮っているけれど(それを否定はしないけれど)、私は、黒沢明も小津安二郎も成瀬巳喜男も清水宏も五所平之助も山中貞雄も加藤泰も三隅研次も溝口健二も衣笠貞之助も知らないし見たことないという人には映画を撮ってほしくはない。なんでかというと、映画には映画のルールがあって(まれにはそんな事知らなくてもいい映画を撮れるセンスと才能がある人もいるだろうけれど)、その「映画のルール」がよくわかっていない人には、結局独りよがりの映画しか撮れないと思うのだ。仲間内でわかっているだけではダメなのです。映画は娯楽だから、万人にわかって訴えるものがないと。私は何だかこの映画をみて、映画のプロが作った映画を久しぶりに見たような気がしました。だから安心して見ていられました。

ぜひぜひ映画館の大画面で見てほしい、お薦めの映画であります。
エンドロールで結構ジーンとしちゃいました(^^)。

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