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2009/07/12

人形町・市馬落語集@日本橋社会教育会館

6月30日(気が付けば2週間も過ぎてしまいました)。市馬師匠の勉強会。ネタ下ろしは『唐茄子屋政談』。

 (開口一番)市也 『たらちね』
  市馬 『野ざらし』
 (仲入り)
  市馬 『唐茄子屋政談』

一席目のマクラで道楽の話しをしたので、そのまま『唐茄子屋政談』かと思ったら、釣り好きの話しになって『野ざらし』。市馬師匠で聴きたかった噺なのでうれしい。音曲が入るところはさすがで、引っかき回すところもやりすぎないところが師匠らしくていい。最後に幇間が出てきました。こんな展開、聴いたことないなーと帰宅後調べたら、幇間が出てくるのが本来のサゲのよう。『野ざらし・完全版』でありました。この夏、もう一度くらい、どっかで聴けたらいいなぁ。

『唐茄子屋政談』は好きな噺なので楽しみでした。
吉原に入り浸った末に勘当された大店の若旦那。「なーに、馴染みの花魁に世話になるさ」と呑気にしていましたが、お金がないとなると花魁にも仲間にも邪魔にされ、いつの間にか着物は垢だらけ、お腹を空かせて寝るところもなく、いっそこのまま・・・と大川に身を投げようとしたところを助けてくれたのが、偶然にも叔父さんで、叔父さんの家にやっかいになることになりました。叔父さんの言いつけで、天秤棒をかついでの唐茄子売りとなり、炎天下を売り歩きますが・・・。

場面の一つ一つが印象的。口では強いことを言いながらも内心は若旦那の事が気になってしかたのない叔父さん、慣れない仕事にひっくり返って唐茄子をぶちまけてしまった若旦那を助けて、町内の人に唐茄子を売ってくれた見知らぬアンちゃん。みんな押しつけがましくない程度に人がいい。
中でも一番好きなのは、最後に2個残った唐茄子だけは自力で売ろうと、売り声の稽古をするところ。恥ずかしくて人のいない所、いない所と歩いていたらいつの間にか吉原田んぼへ出てしまいます。遠くに吉原の灯り。若旦那は吉原の事をあれこれ思い出しながら売り声の練習をします。ここが実にいいのだ。過去(吉原)と現在がフラッシュバックして映画のワンシーンのよう。若旦那はここで今までの自分から変わっていきます。それまでは「唐茄子売りなんて・・・」と言っていた若旦那が、自分の事を「八百屋です」と言うようになります。若旦那もこれでもう大丈夫(^^)。

市馬師匠はグッとひきつけたと思うと、パッと離して客席の空気をフッと入れ換えます。その間合いが絶妙。時々緊張感を解いて笑わせるのもよかった。登場人物一人一人に対する師匠の愛情も感じられました。売り声の稽古をするところは哀愁が漂い、ジーンとしました。泣いちゃいましたよ(^^)。この噺には「一人前の人間として生きていくうえで大切なものは何なのか?」というちょっと大層なテーマがあると思うのだけれど、それも聴いているこちらにすんなりと伝わってきて、1時間ほどの高座が短く感じられました。この先市馬師匠でずーっと聴いていきたい噺であります。

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