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2008/02/15

『ぼんち』@神保町シアター

1960年・大映京都 監督:市川崑 脚本:市川崑、和田夏十 撮影:宮川一夫 美術:西岡善信 照明:岡本健一 ・・・って書いてるだけでワクワクしちゃうなー。主演は市川雷蔵。共演の女優がスゴイ。若尾文子、京マチ子、山田五十鈴、草笛光子、越路吹雪、中村玉緒。大映女優総出演に東宝から少し借りてきましたってところでしょーか。

船場の古いしきたりに、がんじがらめにされながら、それに押しつぶされないよう生きていく足袋問屋の総領息子のおはなし。奥向きを牛耳っている祖母と祖母の言いなりの母。大人しい婿養子の父。窮屈な生活の中で、「女は仕事に口出しできんからな」と仕事に精を出し、女道楽に明け暮れる喜久治(雷蔵)。「しきたりに逆らわずいくのが一番楽や」と言い切る喜久治の姿はしたたかなようでいて、また、はかないもののようにも見えます。女も自分の人生も全てに現実感がなかったんじゃなかろうか。ふわふわ漂っているような感じ。
一言で言えば「孤独」ですが、それをサラリと上品に表現してしまうのが、市川雷蔵のすごいところであります。
実は、ここしばらく雷蔵の映画はあまり見ていなかったんだけれど、どっから見てもいい男だし、嫌みがなくて品があって、時々ゾッとするほど深い目をする雷蔵はやっぱりいい役者だなーと、ほれぼれいたしました。

「喜久治と女たち」って副題をつけたくなるよーなストーリーの合間に昭和初期の風俗、世相を挟み込んでいく市川崑の演出はシャープ。鋭角に切るようなカメラワークも印象的で、古くさくなりそうな話しをモダンに撮っています。
監督の視線も、主人公を演じる雷蔵の視線も、共に客観的なので、見ているこちらは、映画全体を俯瞰しているような気分になりました。
ま、少し突き放したようにしないと、色気まんまんの女優陣に圧倒されるだけになっちゃうもんなー。

ラストシーン近くに、京マチ子、若尾文子、越路吹雪3人の入浴シーンがございます。これだけでも大画面で見る価値があるというもの。剥き出しの「女」が出ていて、大好きなシーンの一つ。喜久治がこれを見て、一気に気持ちが萎えてしまったというのもよーくわかります。
それにしても、50年近く昔の女優さんの体はなんと豊かであったことか(最近の女優は痩せすぎのような気がしてならない)。むちむちなんだもん。抱きしめたらはね返されそうな。グラマラスっていうのは、あぁいう姿をいうのですね、きっと。いい目の保養をさせてもらいました。

この映画を見て外に出たときに、市川崑監督の訃報を知りました。たぶん、その時の事はずーっと忘れないと思う。

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