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2007/11/26

「傾城反魂香」@歌舞伎座

今月の歌舞伎座、昼の部の演目は以下の通り。

 「種蒔三番叟(たねまきさんばそう)」 梅玉、孝太郎
 「傾城反魂香(けいせいはんごんこう)」 吉右衛門、芝雀、錦之助、歌六、歌昇
 「素襖落(すおうおとし)」 幸四郎、魁春、左團次、彌十郎、高麗蔵、錦吾
 「曽我綉侠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)」 仁左衛門、左團次、福助、孝太郎、菊五郎

お目当てはもちろん!吉右衛門の『傾城反魂香』です。通称『ども又』。「どもりの又平」の意味です。
主人公・又平(吉右衛門)は吃音で自分の気持ちをうまく表現する事ができません。安い大津絵を一枚二枚と売って糊口を凌いでいます。その又平をなんとか世に出したいと支えているのが、おしゃべりな妻おとく(芝雀)。ある日、師匠の土佐将監光信(歌六)の家に挨拶に行くと、弟弟子の修理之助(錦之助)が手柄を立てて師匠から土佐の名字を名のることを許された事を知ります。又平夫婦は、自分たちも名字がいただきたいと懇願しますが、師匠にはねつけられます。世をはかなんだ二人は死を覚悟し、その前にもう一度と、庭にある手水鉢に絵を描きます。それが奇跡を起こし・・・

吉右衛門の又平が本当によかった。ちょっと気の強い妻に連れられ、背中を丸めておどおどと登場するシーンから目がはなせません。これがあの鬼平をやってる吉右衛門かっ!というしょんぼりぶり。「自分はダメなんだ」というみじめったらしい気持ちが背中にただよっています。でも又平の心は素直できれいなのです。吃音で自分の気持ちをうまく伝えられなくて、だから自信がなくておどおどするばかり。言いたい事も全て妻に代弁してもらいます。でもでも・・・。
弟弟子が名字をもらったと知って、何とか自分もと恥も外聞も捨てて師匠に懇願する場面は圧巻。ほとんどセリフがなく、あっても吃音だから言葉もうまく出ません。それでも精一杯の自分の気持ちを表現するあたりで、私はもう涙。それは又平がかわいそうという単純な気持ちではなく、又平(と妻のおとく)が今まで背負ってきたもの、悔しさ、吃音だというだけで差別されるつらさ、何で自分たちが認められないんだ、どうすればいいんだという心の叫び、惨めな気持ち、そういうものが一緒くたになって爆発するようなすごさに泣けて仕方がありませんでした。それが死を決意した時に、おとくが又平の手を取って嘆く名セリフ「手も二本、指も十本ありながら、なぜ吃りに生まれさしゃんしたぞいなぁ」に集結されるのです。あぁ、思い出しただけで泣けてきた。

吉右衛門の又平は派手な演技で見せるのではなく、絞り出すように演じます。座っているだけでも又平の人間性がにじみ出ていました。奇跡が起こって、師匠に名字を許されてから後の、又平のはしゃぎぶり、その暗と明のメリハリも見事。本当に心のこもった舞台でした。
おとく役の芝雀がまたよかった。ちょっと気が強くて、かわいいんだよねー。私、結構好きかも。錦之助の前髪立ちの、りりしい若侍ぶり(彼も兄弟子を何とかしたいと思ってはいるんだよね)、又平のつらさはわかるけれど、厳しい気持ちで彼の希望をはねつける土佐将監役の歌六・・・と配役もみんなよかった。

・・・てなわけで、無理して見に行ってよかったです。来月の国立劇場の吉右衛門が今から楽しみですー。

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