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2007/03/08

映画館の思い出なぞ。

池袋の新文芸坐は閉館した名画座、文芸坐が装いも新たに復活した映画館だそうな。文芸坐といえば東京の映画好きには馴染みの深い映画館だったとか。

大阪にも名画座はいくつかありました。有名なのは大毎地下だけど、私がよく行っていたのは三越劇場と、サンケイホールだったか毎日ホールだっかたか、肥後橋から地下道をずーっと歩いて行くホールで定期的にやっていた自主上映。両方とも「映画館」ではないけどね。
ミナミの道具屋筋にあったセントラル。ここは昔ながらの映画館の雰囲気がありました。『戎橋劇場』っていう名画座もありました。

封切館ではミナミの南街劇場、千日前にあった東宝系の映画館(そこで『マルサの女』を見ました)、キタの北野劇場、シネラマだったOS劇場などなど。『地獄の黙示録』を見たのはOS劇場ではなかったかな。

去年、本当に久しぶりにロードショウで映画館に行って(『犬神家の一族』)、映画館といってもシネコンでしたが、座席指定やら完全入れ替え制やらシステムが昔と全く違っているのにびっくらぎょうてん。10年以上映画館で映画を見ていなかったので浦島太郎状態です。私が知ってる映画館はですね、映画の途中でも出入り自由、入れ替えなんてなかったから続けて二回見るなんてしょっちゅうだったし、ラストシーンになると座席を求めてワーっと人が押し寄せてくるからエンドロールなんて見たことなかった。見るどころか、エンドロールの途中で灯りがついちゃうこともありました(笑)。映画なんて猥雑なものだったですよ。映画を見に行くなんていうと、母はいい顔しなかったし。

今は随分とお行儀がよくなったなーと思います。真剣に真面目に映画を見ているって感じ。いい悪いではなくね。でも、映画がもっと大衆の娯楽だった時代の映画館っていうのは、今の映画館とはまったく違うものだったんじゃないかな。

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コメント

客席に入りきれず、ドアの外まで溢れていた時代の映画館は、今より「コワイ」場所でもありましたっけ。
フィルムのトラブルなども結構ありました。

昔の文芸坐の佇まいは、今村昌平監督の『復讐するは我にあり』で見られますが、「旧文芸坐そのもの」というより、往時を偲ばせる雰囲気の映画館は、この映画制作当時では、セットで作るのでもなければ、文芸坐ぐらいしかなかったのですね。
なお、地下の倉庫を改築した「文芸坐ル・ピリエ」という迷路のような小劇場も存在していて、実験的かつ刺激的な公演がおこなわれていました。

投稿: Ryo | 2007/03/11 00:16

そうそう。友人同士で映画館に行くときは母親に「気をつけるように」とよく注意されました。
大阪でも千日前あたりの映画館となると、ちょっと場末の雰囲気でコワイなーって思うのですが、その反面、少し大人になったような気分にもなりました。
駅前の商店街にも映画館があって、私の一番古い記憶に残るのは(1970年前後)東映時代劇とかクレイジーキャッツの映画の看板が出ていた映画館です。
それから30数年後に、そういう映画を喜んで見るようになるとはねぇ(^^)。

投稿: あやこ | 2007/03/11 14:55

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