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2006/10/04

『真昼の暗黒』を見ました。

・・・で、結局『真昼の暗黒』(1956年)という映画を見ました。監督:今井正、脚本:橋本忍。
なーんの予備知識もなしに見たのですが、これがいい映画でした。原作は正木ひろし弁護士の『裁判官 人の命は権力で奪えるものか』。初めにフィクションだと断っておきながら、この映画は公開当時まだ係争中だった八海(やかい)事件をモデルにしています。

八海事件とは、1951年、山口県で老夫婦が殺された事件のこと。犯人(吉岡)はすぐに捕まりますが、殺害現場の状況から複数犯だと思いこんだ警察は、単独犯だという吉岡に「自白」を強要。吉岡は遊び仲間4人の名前をあげます。
警察は4人に拷問を重ね、自白に追い込みます。物的証拠は何もないにもかかわらずです。裁判の結果、主犯にされてしまった阿藤さんは死刑、吉岡を含む4人に無期懲役が言い渡されました。
犯人にされてしまった4人はもちろん控訴。ここからこの裁判は迷走を始め、7回の裁判で死刑4回、無罪3回。最後の判決が出たのは1968年。4人が逮捕されてから17年9ヶ月が過ぎていました。

『真昼の暗黒』の脚本を書いた橋本忍は、資料の裁判記録を読むうちに、阿藤さんら4人の無実を確信し、警察の拷問による自白の強要=冤罪というスタンスで書き上げます。プロデューサーの山田典吾、監督の今井正もこれに賛同。もし4人が有罪なら二度と映画を撮らない覚悟だったとか。これに対して裁判所は審理中を理由に圧力をかけ、大手映画会社が配給をしぶったため、上映会を開催して全国を巡回。結果、大反響をよんで、キネ旬のベストワンにも選ばれたのでした。
(以上、本とネットからの受け売り)

『真昼の暗黒』は作り手の気迫を感じる映画でした。ヒューマニズムとかじゃなく、「こんなことは許せん!」という素朴な怒りが映画の底に流れています。そして観客の腕をグッとつかんで画面の中に引きずり込むような脚本の面白さ。今井正の剛直な演出。
どっちかというと地味な俳優が多い中で、主犯にされてしまった草薙幸二郎演じる植村清治の母親、飯田蝶子がよかったー。子供達の無実を信じる母親たちの姿がすばらしいです。その中に北林谷栄がいました。今でも現役バリバリですが・・・

橋本忍は正木ひろし弁護士の「首なし事件」をモチーフにした『首』という映画の脚本も書いてます。これもいい映画でした。

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