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2006/10/05

七つボタンは桜に錨

新藤兼人の『シナリオ人生』という本を読んでいたら、戦争末期、招集された新藤兼人が奈良の天理に行かされて、そこで天理教の宿舎の大掃除をしたという話が載っていました。それは、あとからやってくる第14期海軍甲種飛行予科練習生のためだった・・・って、亡くなった義父が、その第14期の予科練出身なのだ。うーむ。こういうのも縁というのでしょうか。
義父は私たちが結婚して間もなく亡くなったので、昔の話を聞く機会は少なかったのだけれど、大阪出身の私に、予科練では天理→宝塚と移動して、宝塚では大劇場が宿舎だったというような話をしてくれました。そこでの経験がよかったので関西には悪い印象がないんだとも。
終戦間際には特攻隊員として宝塚から柳井へ。飛行機ではなく特殊潜航艇の訓練をうけて、そこで終戦を迎えたとききました。

で、昼休みに特殊潜航艇について検索していたら、なんと義父と同じ14期生で天理→宝塚→柳井と移動した予科練出身者のサイトを発見。思い切ってメールを出すと、さっそくお返事をいただきました。

その方は義父とは部隊が違い、また柳井に行った時期も違うので直接は知らないけれど、どこかですれ違っていただろうし、あなたのお義父さんとは同期の桜だといって、義父がいた第2次特攻の集合写真を添付してくださいました。
うーむ。この中のどこかに、当時まだ16歳だった義父がいるのだ。顔が見にくくてわからんけど。夫に見てもらってもわかりませんでした。だって100人くらいいるんだもの。

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