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2006/05/08

佐藤忠男の一文でモヤモヤが晴れる。

今日からお仕事。でもいつも乗る通勤電車はそんなに混んでいなくて不思議。お仕事はそんなに忙しくなくて、余裕しゃくしゃく。天気はわるくて風が冷たい。少し薄着だったので寒かった。夜風がつらいので、駅からタクシーに乗った。

今読んでいる本は佐藤忠男『長谷川伸論』(岩波現代文庫)。いま読める長谷川伸の本はこの本くらいしかないのだ。その中の一文。少し長いけど引用します。

・・・「義理人情」とは、「義理」と「人情」という二つの言葉を対比したものではなく、つづけてひとつの言葉なのではないか。それでなければなぜ、日本人は古来、これをいつもひとつながりの言葉として使ってきたのか。義理とは、相手に対する負い目である。義理人情とは、相手に対する負い目を正しく意識することこそが人間の自然の情であり、モラルの源泉である、という意味であると私は思う。まあ、国文学や倫理学のほうではどうなっているのか知らないが、こう解釈しないと、この言葉がいつもひとつながりの単語として口に出てくることの微妙なニュアンスはつかまえられないと思う。だから「義理人情のしがらみ」とは、いくつかの方向に同時に引き裂かれる忠誠心の分裂の葛藤のことなのであって、つねに義理すなわち公が、人情すなわち私に優先するということではないのである。・・・

わたしゃ、これを読んで頭の中のモヤモヤが晴れていく気がしましたね。私が映画をみてグッときちゃうのは、まさしくこの『いくつかの方向に同時に引き裂かれる忠誠心の分裂の葛藤』ってところ。それはとっても「あいまい」なものなんだけれど、その「あいまいさ」をいかに具体的にみせるかっていうのが、映画監督の腕の見せ所じゃないでしょうか(そもそも映画なんて「あいまいさ」のカタマリみたいなもんですが)。加藤泰の映画のすごいところは、それを実に「たっぷり」と演出してみせるところなのだ。

・・・てなわけで昨日みた『瞼の母』や『沓掛時次郎』は名作であります。いい映画だった。『瞼の母』なんて今日一日、頭の中で復習しちゃったもんなぁ。この映画、学校で見せればいいと思うね。

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