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2006/04/03

『炎上』@市川雷蔵

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監督:市川崑、脚本:和田夏十、長谷部慶次、カメラ:宮川一夫、音楽:黛敏郎。1958年。原作は三島由紀夫の『金閣寺』。雷蔵は映画界に入って5年目で『炎上』が58本目の映画(・・・っていうのもスゴイけど)。現代劇初出演。
雷蔵演じる主人公の吾市は、吃音の修行僧で、金閣寺ならぬ驟閣寺(しゅうかくじ)を最後には燃やしてしまうという設定。当時、大映京都の若手ナンバーワンだった雷蔵のイメージダウンを恐れた会社は彼の主演に反対するも、雷蔵本人が「どうしてもやりたい」と押し切ってしまったそうな。
それだけの事あって、この映画の雷蔵は目が覚めるほどいい。汗を流して大熱演ってわけではなく妙にクールなんだけど(このクールさが雷蔵)誰にも理解されない青年の深い孤独の影が、何かを一心に見つめているような目や少し開けた口の表情、とぼとぼと京都の町を歩く後ろ姿ににじみ出てる。吾市の友人(?)となる足の不自由な青年・戸苅が仲代達矢。売り出し中の頃だけれど、今と変わらぬ目玉をひんむいての熱演。パッと見ると、雷蔵の静かな演技が仲代達矢の熱い演技に押されているように思えるけれど、いやいや、雷蔵も負けてはいなくて、二人の場面などは「静」と「動」が摺りあっているようなんだなー。他に赤線のお女郎役の中村玉緒も何ともいえないいい雰囲気。

舞鶴の寺の息子、吾市は亡くなった父親の修行仲間であった驟閣寺の住職をたよって京都へ出てくる。そして驟閣寺で修行する事になる。ひどい吃音で子供の頃からバカにされ続けていた吾市は、自分の気持ちがうまく伝わらないもどかしさもあって周囲になじめない。そんな吾市にとって唯一の心の拠り所が、父が愛してやまなかった驟閣のお堂であった。戦後、それまで参拝者もいなかった驟閣寺は観光客であふれ、敬愛していた住職は金儲けに走り芸者を囲い、戸苅は自分の弱さの裏返しに吾市にきつくあたり、吾市をたよってきた母親は彼を理解できない(吾市は昔、母の姦通の場面を目撃。以来、母と心を通わせられなくなっている)。深い孤独の中で、吾市は驟閣に火をつける事を思いつく・・・。

この映画は「愛」を描いていると思うですよ。主人公の吾市は孤独ゆえ人一倍愛情を求めてる。男女の間だけではなくて、師弟愛、親子の愛、友情。そのどれも吾市は手に入れる事ができない。どもりがコンプレックスになって世間と折り合っていけない吾市は、どんどん「ひねくれて」行き場がなくなっていく。吾市が驟閣に火をつけたのは一番大切な驟閣を誰にも渡したくないと無理心中したようなもんだと思うなぁ。

宮川一夫のカメラはシャープで美しい。心の奥底まで見透かされるような深い視線。炎につつまれる驟閣のシーンは圧巻。
パチパチと飛ぶ火の粉がどうしてもフィルムに映らないので、思いつきで金粉を燃やしたら実にうまく撮れたとか。また、金閣寺の協力が得られなかったのでロケができず、美術の人たちが研究者と偽ってお寺の見学に行って実際の庫裡や寺院の様子を頭にたたき込んで全部セットで作っちゃったとも。映画に力があったときの映画職人たちが作り上げたいい映画。いい映画は時代を感じさせませぬ。ぜひご覧ください。暗い映画だけどね。この映画の雷蔵は必見。

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コメント

ここまでほめられると、見ないと損する気になるわぁ。
神戸・大阪の桜は今度の週末が見ごろです。

投稿: えみこ | 2006/04/05 23:44

えみこさん、こんばんはー。

いやぁ、いいですよ『炎上』。市川崑監督は、この映画を撮る際、「モノクロ、シネスコ」を条件にしたそうです。雷蔵が主演になったので、会社としてはカラーで撮りたかったそうなんですが。
条件を出しただけあって、画面がとーってもきれいで、格調高いです。私もこの映画はぜひ映画館で見たい・・・と思っていたら、今月、大森の映画館で上映されるようなんで行ってみようかと。

機会があればぜひご覧くださいましー。

投稿: あやこ | 2006/04/07 22:23

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