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2006/03/26

剣鬼@市川雷蔵

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1965年。『斬る』『剣』の3本と合わせて三隅研次監督による雷蔵の『剣三部作』と呼ばれているうちの一本。原作は柴田錬三郎。三隅研次&カメラマン牧浦地志のカメラワークが冴えわたる正統派時代劇。わたし、こういうの好きだなー。

不幸な生い立ちから犬と人間の間に生まれた「犬っ子」とさげすまれ孤独に生きてきた無足の斑平(雷蔵)。花作りの名人で走れば馬よりも早く走れる才能を持つ斑平は登城を許される。ある日、山の中で出会った初老の浪人から居合術の極意を密かに学んだ斑平は、早くから彼の素質を見込んでいた小姓頭から藩内に潜む公儀隠密を斬るように命じられる。見事その役目を果たした斑平。やがて無足組頭にまで出世するも、まわりからは「人斬り斑平」と呼ばれ、彼の孤独は癒えない。そして小姓頭に命じられるまま公儀隠密を、師匠である浪人を、そして同藩の藩士までをも斬っていく。やがて藩主が亡くなり裏切り者となった彼は謹慎を命じられ・・・

運命に流されながらも決して逃げず、自分の行く末は自分自身でしっかり見届けてやろうという人物を演じさせたら、市川雷蔵の右に出る人はいないと思う。主人公の斑平は、運命に従って暗殺者に仕立てられていくわけだけれど、だからといって悲惨ではない。妙に爽やかなんだよねー。爽やかだからこそ、その底にある深い悲しみがにじみ出てくるわけで。
初めて人を斬ったとき、斑平は「斬れた・・・」とうれしそうな顔をする。今の感覚でいえば、自分の運命に対する恨みとか、人を斬らざるを得ないつらさなんかを表現するところなんだろうけれど、小さな子供が今まで出来なかった事がやっとできるようになったのと同じようなうれしい表情をしてみせるってところに、私が雷蔵を好きな理由の一つがある。運命はそんなに甘くないってことです。あの表情だけで、この映画はいい映画だと思うのだ。そして最後の最後まで、雷蔵は斑平を好青年として演じる。だから余計に悲しいし、また斑平の恐ろしさも実感できるんだよねー。
ラストシーン、花畑での立ち回りもいいです。30人からの相手を一人で斬り続ける。居合抜きの使い手である斑平は、斬るたびに刀を鞘に収める。はぁぁ。なんでこの人は、悲しいことをこんなにキレイに演じられるのでしょ。

斑平を暗殺者に仕立てる小姓頭に佐藤慶、気がふれた藩主に戸浦六宏、斑平に居合術を伝授する浪人に内田朝雄。この3人がまたよろし。

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