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2005/05/15

九九ができない人たち。

過日、会社の飲み会で、こういう話をきいた。今の小学生は九九をきちんと言えないまま卒業してしまうので、中学生で九九が言えない子供がたーくさんいるそうな。高校生の子供のお父さんにそう言われても私は信じる事ができず「ウッソー」と騒いでいたら、20代半ばのT嬢も「そんな子、いっぱいいますよ」と言う。
なんでっ。私はごく普通の市立の小学校出で、そう大した勉強もしなかった気がするけど、九九だけはすっごーい時間をかけて、同級生が全員暗唱できるまでやった。計算尺も買わされた記憶があるし、みんなの前で発表をしないといけなかったので、夜、母を相手に九九の練習もした。(そこまでしても中にはどうしても暗唱できなかった子もいたかもしれんが)。九九の授業は記憶に残ってるもん。
でも今は他の単元と同じような感じで特別扱いせずにすませてしまうらしい。先生も子供も忙しいので、補講したりするヒマもないとか。なんでー。大人になって九九ができなかったら苦労するぞ。五十音が言えないようなもんだぞ。「集合」とか「二進法」とか、私の頭ではどうしても理解できない単元もあったけど(二進法はいまだに理解不能)、二進法はできなくても(一般生活では)困らないけど、九九は困るでしょーが。
他にもいろいろきいていたら、高校の理科は「理科」って授業になっているので、選択次第では生物も化学も勉強せずに卒業できちゃうらしい。
「えー。ミトコンドリアも『すいへーりべつ』も知らないわけー??」と私はもう驚きましたがな。
私は今の授業の現場の事を知らないので「ゆとり教育」とかどーとかよくわからないけれど、九九だけは小学生のうちに出来るようにしておいた方が絶対いいと思うです。九九もできないよーな人が新入社員で入ってくるなんてやだよー。

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コメント

99なんかで驚いてちゃいけません。

インドの小学生は19×19まで覚えさせられます。

ただ、99が絶対不可欠かというと、そうでもなくて、米国人など数学が得意な人でも99が出来ない人は結構多いようです。計算能力と数学的思考能力論理的思考能力は全く別物で、前者はいまや電卓やスプレッドシートで代替できるのだから、後者の能力を伸ばすべいきとういうのは、一つの考えだと思います。日本では、後者を伸ばす訓練もあまりしていないように見えるところが問題なんではないでしょうか?

投稿: 元?工作員884号 | 2005/05/15 23:31

元?工作員884号さま、こんばんはー。
ぐわー。19×19ですかっ。位取りが苦手だった私には別の世界の話しのようです。はぁぁ。

>>日本では、後者を伸ばす訓練もあまりしていないように見えるところが問題なんではないでしょうか?

ですよねー。んでも、世の中の圧倒的多数である凡人にはせめて九九くらいは時間をかけて一生懸命覚えるくらいの事があってもいいと思うのです。
「これも適当」「あれも適当」じゃぁ、ただ「学校を卒業した」だけだもんね。

計算能力といえば、この間「わり算の筆算ができない自分」に気が付いて愕然としました。かけ算もかなりアヤシイ。私の頭は90%くらい電卓化されているよーです。電卓なら仕事がらブラインドタッチで完璧!ですが(笑)。

投稿: あやこ | 2005/05/18 23:13

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